ひととなり編
最近、刺激を受けた作家さんがいらっしゃいましたら教えていただけますか?
嘉瑞工房で活版印刷を手掛ける高岡昌生先生です。先日、欧文の組版について教わる機会がありました。私は普段書体を「作る側」にいるので、「使う側」の勉強がおろそかになっていたのですが、高岡先生のお話から多くを学び、大変刺激を受けました。
高岡先生とはどのようにお知り合いになられましたか?
弊社デザイナー本多の大学時代の恩師です。本多から紹介され、デザイン部内でセミナーを開催していただきました。
今回のレクチャーで特に印象に残った言葉やエピソードはありますか?
「文字デザイナーは市場調査をあまりしていないのではないか」という話です。一般的な仕事では、ユーザーのニーズを調査してから商品やサービスを作るのが普通ですが、フォントデザインではユーザーがどのようなフォントを求めているかをリサーチすることが不足しているのではないかと。これは確かにその通りだと感じ、深く心に響きました。
お仕事をされる際に、ルーティンや習慣として心がけていることがあれば教えてください。
修正前のものを必ず残しておき、修正後のものとしっかり見比べるようにしています。修正を加えたからといって必ず良くなるとは限らず、振り返ってみると逆に悪くなってしまうこともあります。そのため、どう変化したのかを確認することがとても大切だと思っています。
修正前・修正後のデータを残すのは、一文字単位ですか? それとも文字組全体のものですか?
どちらも行っています。一文字単位で見比べることもありますし、「この日付の時点での状態」という形でファイルを分けて保存し、どのように変化させたかを比較します。
普段使用している仕事道具や制作環境の中で、こだわりのアイテムがあれば教えてください。
2023年4月ごろからiPadを使ってデザインをする機会が増えてきました。
紙のような質感の液晶保護フィルムを貼って紙に書き込むような感覚でスケッチをするようにしています。
iPadを使う前はどのように作業されていたのですか?
以前はアナログで作業していました。スケッチはシャーペンを使ったりコピーしたりと、紙と鉛筆で進めていました。
デザイン以外で現在夢中になっている趣味や活動があれば教えてください。
刺繍にハマっています。1年ほど前から教室に通い始め、独学では学べなかった新しい技法を学んでいます。少しずつ作品が完成していく過程がとても楽しいです。
フォント編
フォント作りに興味を持たれたきっかけや、フォントデザイナーになった経緯について教えてください。
子供の頃から親しんでいた書道が基盤にあります。大学でグラフィックデザインを学ぶ中でフォントデザインに出会い、その奥深さと制作の楽しさに魅了され、フォントデザイナーを目指すようになりました。入学以前は知ることのなかった職業ですが、書体制作を通じてその魅力に気づきました。
書体作成の経緯やデザインコンセプトについて、作成当初から完成までの流れをお聞かせください。
アイデアスケッチからスタート
➡︎ テスト用の文章を決めそれに使用する文字を作成 (社内で共通の文章、または書体イメージに合う文章)
➡︎ 社内で評価、問題点を修正
➡︎ 基本漢字の12文字、かなを作成
➡︎ 基本漢字の500文字程度を作成
➡︎ 作成した文字をサンプルにし、オペレーターに他の文字の作成を依頼 (※)
➡︎ オペレーターが作成した文字を監修、修整を依頼、必要があれば仕上げの修正をデザイン部で行う (※)
➡︎ テストフォント化を依頼
➡︎ 技術部にて字形やデータに不具合がないか検査
➡︎ ミスを修正し、問題がなくなれば完成
(※はデザイン部のみで進める場合もあり)
イワタの書体は全てこのようなプロセスで作られているのですか?
基本的にこの流れで進めています。デザイン部で完結する場合と、オペレーターに依頼する場合があります。
【基本漢字の500文字程度を作成】の作業は坂口さんご自身で担当されるのですか?
はい。500文字までは私やデザイナー間で作成することが多いです。
最初に文字を作る際、どのように進められますか?
個人的にはひらがなから始めることが多いです。漢字は画数が多く自由度が少ないため、まずひらがなで特徴を考え、それを漢字に反映させるという流れで進めます。
1つのフォントを完成させるのにどれくらい時間がかかりますか?
最小規格であるStdフォントでも最低2年はかかります。他の仕事と並行する場合やデザイン見直しが入ることも多く、さらに時間がかかることもあります。
フォント制作で特に意識している点は何ですか?
文章全体を見たときに違和感がないことです。つい細かい部分ばかり気になってしまうのですが、実際に使う際に重要なのは全体のバランスなので、全体を確認することを意識しています。
フォント作りのインスピレーションはどのようなところから得ていますか?
手書きの看板やグラフィックデザインに目を配り、フォントとして展開できるアイデアを探しています。
最近挑戦していることがあれば教えてください。
これまでは他の方が原案を手がけたフォントを中心に制作していましたが、現在、ほぼ初となるオリジナル和文フォントの制作を進めています。現在はサンプル作成の段階です。
ご自身が手がけたフォントの中で一番気に入っているフォントを教えてください。
「東亜重工」です。早い段階でいただいた仕事であり、有名な名前ということもあって、多くの方からお声がけいただくことが多く、とても思い入れのあるフォントです。
あなたの“推し”フォント TOP5
あなたの“推し” フォント TOP5を教えてください。
1位:游ゴシック字游工房
線の間隔が均等になるように作られているところや、フォントで並べたときに整って見えるところ、さらにわずかな温かみを感じるデザインが素晴らしいと思います。
2位をお願いします
第2位:貂明朝Adobe
「かわいい明朝体」というコンセプトが素敵です。オリジナルの絵文字などの遊び心も好きです。
3位をお願いします。
第3位:ヒラギノ角ゴヒラギノフォント
常に身近にあるフォントで、余計なものが全くなく、使っているときに文字を意識せずにいられる美しさがあるなと思います。
4位をお願いします。
第4位:ラグランパンチ:Fontworks
唯一無二のインパクトがあるフォントです。そのインパクトを実現するため、余白を削る細かな工夫が見事です。
5位をお願いします。
第5位:イワタ明朝体オールドイワタ書体ライブラリー
個性的な形の仮名が特徴的でありながら、文章全体で見ると不思議と違和感なく、適度なリズムを感じるところが良いと思います。
衝撃を受けたフォント TOP5
続いて、【衝撃を受けたフォントTOP5】と、その理由を教えてください
1位:写研書体OpenType写研フォント
一度使用が途絶えた名作書体の改刻。独自の小さい文字セットで多くの書体をいち早くリリースする試みには驚きました。
2位をお願いします。
第2位:百千鳥Adobe
和文フォントとしてはまだ珍しいバリアブルフォントという点と、新しい技術でアナログデザインを表現しているところが面白いです。
3位をお願いします。
第3位:Shorai SansMonotype
糸がしらや衣の跳ね上げの処理など、一般的なゴシック体の書き方を踏襲せず、手書きに近い形でデザインされている点に衝撃を受けました。
4位をお願いします。
第4位:UDデジタル教科書体TypeBank
時代に即した課題に基づいてデザインされた新しい書体。おおよそ型が決まっている教科書体の中で、新しい視点から調整がされている点が印象的です。
5位をお願いします。
第5位:花とちょうちょ鈴木メモ
サブスク提供がない中でも普及率が高く、若い世代の手書きとして需要を的確についたデザインです。街中でよく見かける書体だと感じます。
坂口さん直筆メッセージ公開!
今回のインタビューでは、株式会社イワタの書体デザイナー・坂口ゆかりさんに、直筆メッセージをいただきました!
現在、新書体を鋭意制作中とのことで、どのようなデザインの書体が完成するのか、今からとても楽しみです。
この機会にぜひ、株式会社イワタが手掛ける魅力的な書体をご覧ください!